マヤの大長老さんは何が目的なのか?その1

秋山です。

マヤの大長老さんにお見舞い金とメッセージを送ろうプロジェクトは、

すべてのマヤに縁する方々へ向けスタートしています。

赤い宇宙の月の年 倍音の月(2018年11月)に、

秋山が全責任を担って、皆さんの想いと一緒に地球の裏側へ持って行きます。

 

この今回のプロジェクトだけでなく、

あすわの「銀河のマヤ」と「古代マヤ」の融合に関しては、

各個人、各グループ、各団体、皆さんそれぞれ賛否両論であり

興味しんしんでご意見ご感想を持たれていることと思います。

 

「平成30年7月豪雨」では、西日本で

210人以上の方々が尊い命を亡くされました。

いまだ行方不明の人も20人以上おられると聞きます。

「あなた日本人なんだから、グアテマラの先住民へのお見舞いより

今回日本で被災した人たちへ何らかの支援をするのが

当たり前なんじゃないの?」と言われそうです。

 

しかし、秋山は14年間、「マヤに関すること」を真剣に取り組んで来ました。

マヤに縁する立場であるので、このような大変なときにこそ、

自分自身が信じる銀河のマヤツォルキンを通して、「いま」縁する人を

癒すことが自分の出来る最高の行為だと思っています。

それはマヤの個人セッションであったり、世界の仕組みと宇宙情報を伝える

銀河のマヤ講座であったりと思っています。

秋山がもしエジプトに縁がある人生だったなら、たとえどんな時であったとしても

必要ならエジプトに対して何らか行動を起こしていたでしょう。

秋山は自身の立場として、いまはマヤの先住民に協力しています。

 

マヤ遺跡の発掘調査に資金援助しようと考えた時期もありました。

ですが、グアテマラ政府やメキシコ政府に遺跡資金を送ったところで、

実際の現場に反映されないことも分かりました。

1つの遺跡に対して1つの資金援助をしていかないといけない現実を知り、

日本人考古学者の活躍するマヤ遺跡や、リチャード・ハンセン氏が

陣頭指揮をとる最前線の遺跡に資金援助しようかとも考えました。

ですがどちらも現実的に考えて偏りがありました。

ですので、マヤ文明の歴史を冷静に考えたときに、

最も不当な弾圧と差別と迫害を受けた人たちが、

その改善と伝承を通じて伝えようとしていることに協力できればと思いました。

マヤに縁する立場ですから、秋山はマヤ文明の末裔と

いまも積極的に関わっています。

 

このような理由も含めての2020年プロジェクトであり、今回のマヤの大長老さんに

お見舞い金とメッセージを送ろうプロジェクトです。

 

今回のアレハンドロ大長老さんへのお見舞い金は、一義的には交通事故で大腿骨を骨折され、

現在療養中の大長老さんへのお見舞いとしてです。

がしかし、大長老さんはマヤ・シンカ・ガリフナ長老評議会の議長として、

マヤ文明の末裔の人々の代表として、不当に搾取剥奪された

マヤの人々が聖地としてきた土地を、お金を貯めては取り戻されています。

その活動へ少しでもプラスになればと思い募っています。

 

たとえば、マヤの聖地の1つであるグアテマラのトトニカパン県にある

ヌエベ・シージャスは、グアテマラの内戦のあと個人の所有地にされてしまい、

地主が他の人を入れない様にしてしまいました。

自分たちの祖先が伝統的に大切にしてきた聖地が、そんな状態になってしまい、

マヤの人々は断腸の想いで悲しんだのでした。

その自分たちの祖先からの土地をアレハンドロ大長老さんたち

グアテマラ・マヤ長老評議会グループは、土地の所有者に根気強く話を繰り返し、

ヌエベ・シージャスの広大な土地を買い取り、取り返したそうです。

もともとは、自分たちの祖先が大切にし生活してきた土地なんです。

それを高額なお金を支払い取り返さないといけないこと自体も、

さぞかし理不尽な想いと思います。

 

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広大な土地であるヌエベ・シージャス

 

2015年に大長老に来日いただいた際に、

「私たちはマヤに関係する土地を買い取り守っています」と話されてました。
いまや世界的な観光スポットになり「地球の歩き方」にも

紹介されるヌエベ・シージャスを、誰もか観光できる様に解放されたのは

アレハンドロ大長老さんだったんですね。

 

どうして89歳になる現在も、自分が生れたグアテマラを離れ、

世界各国をまわりマヤの伝統儀式を続けておられるのか?

マヤの大長老さんが、自分たち家族の生活以外に、

一体何にそんなにお金が必要なのか?が少し分かった瞬間でした。

 

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つづく

 

 

 

 

 

 


マヤの大長老プロジェクト2020始動

秋山です。

古代マヤ文明の末裔キチェ・マヤ第13代最高位神官

アレハンドロ大長老さんを日本へ再びお招きする「2020年プロジェクト」。

いよいよ本格始動します!

 

黄色い水晶の種の年 共振の月(2018年2月)に、

大長老さんを乗せた車が対向車にぶつかって来られ、

大腿骨を骨折する大ケガをされた際に、地球の裏側である日本から

大長老さんの回復を祈る想念波を、大勢の協力のもと送りました。

と共に、大長老さんのお孫さんである次期キチェ・マヤ最高位神官候補の

ヘロニモさんを通じて、2020年に再び日本へ来てくださいと伝えました。

その想いが通じたのか、大長老さんは通常あり得ない奇跡的な回復をされ、

現在お元気にご自宅で療養されています。

 

そんな大長老さんに、あすわが親しい友人として

お見舞いに行く段取りが決まりました!

 

各方面から「大長老へ支援をしたい」「お見舞い金を送りたい」との問い合わせは、

これまでも多数ありましたが、秋山は大長老さんとヘロニモさんと顔を合わせ、

2020年の来日の打ち合わせも兼ね、直接に手渡しでお見舞い金を渡すために、

グアテマラの大長老宅に行くことが誠意ある態度と思い、

大長老さんを心配する皆さんからの問い合わせに、

「グアテマラに行く段取りがつくまで待ってくださいね」と伝えていました。

 

赤い宇宙の月の年 倍音の月12日 KIN32から、倍音の月24日 KIN44まで

(地球時間2018年11月26日から12月8日まで)、グアテマラへ行きます。

 

本日より、大長老さんへのお見舞い金とスペイン語でのメッセージを受付開始します。

お待ちいただいてる皆さん、また、このタイミングで2020年プロジェクトを知られた皆さん、

これからマヤの大長老さん来日企画に賛同協力くださる方々、

あすわ事務局までご連絡ください。

 

今回のグアテマラ行きは、大長老さんのご自宅を訪問する稀有な機会でありますし、

次期キチェ・マヤ最高位神官候補の若きシャーマンのヘロニモさんに、

マヤの聖地ヌエベ・シージャスパクロムと、キチェ・マヤの王都グマルカフにて、

マヤのファイアーセレモニーを執り行っていただける確約も取れました。

このような大変な機会は、もう二度と無いだろうということで、

秋山と数名の希望者を募集して、

「あり得ない古代マヤ徹底体験学習ツアー」にしようと思います!

 

訪問するマヤ遺跡は、レタウレウ県のタカリク・アバフ

カクチケル・マヤの首都イシムチェ、キチェ・マヤの王都グマルカフ、

双子形の神殿で有名なミシュコ・ヴィエホ、世界一美しいと言われた湖

アティトラン湖があるパナハッチェルと周辺遺跡を巡る予定です。

また、世界遺産古都アンティグア、巨大古都ケツァルテナンゴ、

トトニカパン、チマルテナンゴなどを巡る行程を予定しています。

 

ヘロニモさんに連絡したところ、以下の様な興奮メールが届きました!


↓↓↓

 

ヘロニモさんからのメール

黄色い水晶の種の年 宇宙の月12日 KIN151 2018年7月8日

 

私の兄弟秋山

なんて素晴らしい知らせ!!!

大きな喜びと敬意を私たちは受けとることでしょう

私はそう確信します!!!

喜んでご一緒します

 

↑↑↑

 

大長老さんもヘロニモさんも大歓迎で待ってくれている様です。

 

というわけで、マヤの大長老さんお見舞い金とメッセージの募集と、

「秋山とマヤの大長老さんのご自宅訪問とマヤの聖地巡りに行こうツアー」の募集を、

ただ今より募集開始します!!

 

美しい波形の皆さんの素晴らしい友人知人さんにも

是非この呼びかけを知らせてあげてくださいー!!

 

賛同協力どうぞよろしくお願いします♪

 

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グアテマラ1人紀行2017その-1 世界複合遺産ティカル

2017年3月14日(火) 青いスペクトルの嵐の年 太陽の月8日 KIN190

フローレス:曇り〜ティカル:晴れ

 

4:00過ぎに目が覚める。

今日は、人生初の1人ティカル。

このようなぜいたくな経験をさせてもらえることに感謝しかありません。

 

ティカル国立公園は、東京の山の手線の内側の面積の1.5倍に匹敵する広大さ。

まさにマヤ文明史上最大クラスの都市遺構。

そのため、遺跡公園内であっても、あまり観光客がいない6号神殿周辺や、

主要観光場所から離れたところにある建造物周辺だと

犯罪に巻き込まれる危険があるほど。

そういう場所には1人で行かない方がいいと警告されるほど広い。

だが、そういう場所ほどマニアにとってはたまらなく行ってみたい場所。

これまではツアーを組んで大勢で訪れていたため、

みたい場所をじっくり観ることが叶わなかった。

しかし今回は1人! く〜たまらん!

 

ワクワクばかりしてられない、チェックアウトの準備をしなくてわ。

1泊だけだと忙しない。

 

7:50 スーツケースを1階まで運びロビーに降り、チェックアウトを済ます。

ガトさんは、すでにロビーに来ていたが、一瞬誰か分からなかった。

昨夜は暗かったから顔がよく分からないまま帰られたからなぁ。

 

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ガトさんの4WDの愛車に乗り込み、一路ティカル国立公園へ。

途中、フローレスの湖がキレイだったので、

ガトさんが気をきかせて車を停めてくれ写真を撮らせてくれる。

優しいガイドさん。

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ところで、「Gatoガト」とはスペイン語で「雄の猫」の意味。

ガトさんに「どうしてガトってニックネームなんですか?」と尋ねると、

「私は目が猫のように良いから」と答えてくれた。

「猫の目のガト」という意味らしい。なるほど…。

 

ペテン県は、9ヶ月間が雨季で3ヶ月間が乾季。

乾季は3月、4月、5月で、日中の気温は45℃もある。

つまり暑いか雨が降っているかのどちらかしかないわけだ。

 

ティカル国立公園入場ゲートに到着。入場料150ケツァル。

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ここからティカル国立公園の敷地内。

もし自然保護区の国立公園内で動物を殺したり、

車で轢いたりしたら、2000ドルの罰金が課せられる。

20分ほど低速で走り、ティカル遺跡の入場ゲートに到着するが、

ゲートを左に見ながらそのまま宿泊先のジャングル・ロッジ・ティカル・ホテルに向かう。

 

9:15 ジャングル・ロッジ・ティカルに到着。

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ティカル遺跡内には、何とホテルが3つ建てられているのだ。

入場ゲートから歩いてすぐの場所。

その3つのホテルのうちで、もっとも素晴らしいホテルが

ジャングル・ロッジ・ティカルだ!

夢にまで見たティカル遺跡内のホテル宿泊!

 

ジャングル・ロッジ・ティカルは、すごく雰囲気のいいゴージャスなホテル。

受付の男性はスペイン語で容赦なく話してくるが大体聞き取れるので問題なし。

スーツケースをロビーに預け、ガトさんとは今日はここまで。

明日また再びガトさんと2人でティカルとワシャクトゥンを観光する予定。

つまり、2日間ティカルを満喫するという計画のもとここへ来たわけである。

 

9:20 いよいよ1人でティカルを巡り開始!

チケットのチェックが2回。

あれ?前に来たときは、こんなチェック厳しくなかったぞ?

なんかお店が新しく出来ている。

ティカルはグアテマラ屈指の観光地なので、

新しいシステムやお店も次々増えてもおかしくない。

 

1人自分のペースでティカルを歩けるなんて、もうサイコー!

ティカルには、2009年、2010年、2014年に2回、2015年と、

これまで5度訪れたが、1人巡りは今回初。

朝早い時間帯なのでまだ誰も観光客がいない。1人貸し切り状態!

セイバの巨木を右にみて、案内板があるところまで行き、

今回は6号神殿方面には行かず、まずは「グループG」を目指して歩く。

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9:35 前にも後ろにも誰もいない。不気味なほど静か。

静かすぎて、キツツキが木をつつく音までコツコツ聴こえる。

めちゃくちゃ自然。

自分のペースで歩いたり止まったり見上げたり耳を澄ましたりできるのって、

やっぱり1人旅の醍醐味だ。

 

 

 

つづく

 

 

 

☆真実の情報シリーズその◆

マヤ文明が発展した地域は、南米でなく中米メソアメリカ地域です。

「南米マヤ」とか「南米のマヤ文明」という表現をよく目にしますが

どう考えてもメソアメリカは南米じゃありません。

南米はアンデス文明であり、アマゾン文明などもたまに取りだたされますが

インカ、シカン、ナスカなどが有名です。

正しくは「中米のマヤ文明」「メソアメリカ地域のマヤ文明」です。

古代マヤやマヤ文明を論じる以前の大前提から勘違いしてしまっている

書籍やサイトがあったら気をつけるようにしましょうね。

 

 

 

 

 

 

 


土方美雄さんに来ていただいた4日間その

 

土方美雄先生の講演会と特別勉強会が無事に終了した翌日、

何の色気もない男2人で仲良くデートをして来ました(笑)。

 

どこへ行ったのか?と言うと、先生のリクエストで

大阪の万博記念公園にある太陽の塔に行ってきました。

なぜ万博記念公園の太陽の塔まで行ったのかというと、

現在、太陽の塔の内部に入場することが出来るからです。

 

大阪万国博覧会が開催されたのは1970年。

その年に秋山は生まれました。太陽の塔とも同い年。

同い年の建造物の内部に、このタイミングで初めて入場するというのも

不思議な感覚でした。

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また、「黄色い水晶の種の年」 スペクトルの月の最終日に、

KIN224、銀河の音3を持つ岡本太郎さんがデザインされた

太陽の塔を訪れるということも、非常に興味深いシンクロと言えます。

 

日本万国博覧会は、48年前の1970年3月15日から

9月13日までの183日間開催されました。

1970年と言えば、まだ日本にホゼ・アグエイアス博士の銀河のマヤは

上陸していませんでしたし、1987年に実施された

ハーモニック・コンバージェンスより以前のことです。

しかし、1970年の3月15日を「13の月の暦」の表記で表してみると、

「黄色い電気の種の年」 太陽の月9日 KIN196になります。

 

どうして「黄色い電気の種の年」となるのか?というと、

これは1969年7月26日がKIN224になるからです。

KIN224は「黄色い電気の種」と表されます。

 

つまり、万国博覧会が開催されたのは「黄色い電気の種の年」だったわけですが、

KIN224「黄色い電気の種」を銀河の署名を持つ岡本太郎さんが

万国博覧会のシンボルである太陽の塔をデザインしたというのも、

これまたすばらしく興味深いシンクロです。

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そして、さらに深いツォルキンのコードをひも解くと

2015年4月にマヤの大長老アレハンドロ大長老さんを

日本へお招きして東京と大阪で「光の大集会」という

「古代マヤ」と「銀河のマヤ」の人類史上初となる融合を

実現しましたが、その時のアレハンドロ大長老さんの年の道筋

誕生日キンがKIN224でした。

今回の土方先生の特別来阪講演会は、2020年に再び

アレハンドロ大長老さんを日本へお招きする

プロジェクトの第1弾ということで開催したものです。

その企画が無事に大成功した翌日に、KIN224の数字のコードが

満載の太陽の塔を訪れるということも

大変示唆的な数字の一致と現象との一致です。

2020年プロジェクトがとんでもなく重要で必要だという事を

教えてくれているように思います。

 

そして、2021年7月26日からは「黄色い電気の種の年」が始まります。

2020年プロジェクトが大成功した次に、いったい何が展開するのか?を、

銀河のマヤツォルキンは、私たちに教えてくれようとしています。

 

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というわけで、土方さんが大阪に来られる少し前、

赤い蛇の周期に入ってすぐに、「せっかく土方さん東京から大阪まで来ていただくので、

どこか大阪で観光したい場所ありますか?」と事前に連絡しました。

すると「太陽の塔に入れたらうれしいです」と返信があったので、

早速サイトを調べてみると、なんと太陽の塔入場は予約満席…。

4か月前から予約が可能ということだけれど、もうすっかり

5月は満席ですべての日に✖マークがついていました。

予約をとるのはほぼ不可能だな…とあきらめていました。

土方先生にも、「太陽の塔は満席で観光は無理っぽいです。すみません…」

と、講演会の会場で伝えていました。

 

講演会をしていただいた夜に、何となく予約サイトを開けてみると、

14:00の枠に2人分だけキャンセルになって空いているではないですか!

丁度いい時間帯に2人分だけキャンセルなんて、実にミラクル。

慌てて慣れないネット予約手続きをし、リクエスト通り

太陽の塔に入場することが実現したというわけでした。

 

太陽の塔は高さ70メートルで、マヤ文明最大の建造物である

エルミラドールのダンタピラミッドとティカルの4号神殿に匹敵する高さです。

今回の勉強会でエルミラドールとティカルについて詳しく学んだ直後に

同じ高さの建造物に入場するとは、これまた愉快なシンクロ。

 

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太陽の塔に入場すると、地下の太陽ゾーンにいきなり

アステカの大地の母神コアトリクエの原寸大レプリカが

展示されてあり、土方さんと2人で驚きました。

こんなところでコアトリクエ!?

今回の勉強会でコアトリクエについても話を聞いていた翌日でしたから

本当にびっくりしました。

1970年のときから展示されてあったのか、それとも今回新たに展示されたのか?

 

太陽の塔の内部に入ると48年前に作られたとは思えない、

流線形の見事な生命の木がそびえ立ち、まさに圧巻!

50年前にこれをデザインし現実化させるとは、

やはり岡本太郎さんはぶっ飛んだ人だったのだなあと、

改めてどこかの次元とつながっていたであろうその作品に見とれてしまいました。

 

太陽の塔に入場する前に、民俗学博物館の特別展示を見に行ったのですが

ひと通り展示を見た出口の手前に、自由に紙に好きな顔を描くコーナーが

設置されてありました。

係員の人に「どうぞ!記念に好きな顔を描いて行ってください!」と

言われたので、好きな顔…?と、しばし考えたのちに

赤と黄色でツォルキンダーを描いておきました。

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展示されてあるみたいなので、ツォルキンダーを見つけることが

できた人はラッキーな人です。

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というわけで、太陽の塔を満喫し、再びモノレールと地下鉄御堂筋線で

土方先生を新大阪までお見送りし、4日間のミッション完全終了。

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土方先生ありがとうございました。

今回、マヤ文明の総論を語っていただき、人生初の朝から夕方まで

連続講義を快諾してくださったことに本当に感謝しています。

 

これからも共に歩めること楽しみにしています。

2020年プロジェクトは、これから具体的になって行きます。

 

 

 

 

☆真実の情報シリーズその◆

マヤ文明が発展した地域は、南米でなく中米メソアメリカ地域です。

「南米マヤ」とか「南米のマヤ文明」という表現をよく目にしますが

どう考えてもメソアメリカは南米じゃありません。

南米はアンデス文明であり、アマゾン文明などもたまに取りだたされますが

インカ、シカン、ナスカなどが有名です。

正しくは「中米のマヤ文明」「メソアメリカ地域のマヤ文明」です。

古代マヤやマヤ文明を論じる以前の大前提から勘違いしてしまっている

書籍やサイトがあったら気をつけるようにしましょうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


フエゴ火山が大規模噴火

秋山です。

昨日、地球の裏側グアテマラのアンティグア近郊

車で約30分の距離にある美しい火山の1つ

フエゴ火山が大規模な噴火をしたと報道がありました。

 

世界遺産に登録されている古都アンティグアにあるフエゴ火山は、

日本の富士山に似ているためグアテマラ富士と呼ばれる活火山です。

常に噴煙をあげているのですが、今回大規模な噴火をしたということで、

まるで富士山が噴火したみたいな状態になっています。

 

いまさっきまでグアテマラ人の友人と話をしていましたが、

生まれて初めてくらいの大噴火だと言っていました。

現段階で死者は25人で避難者は2000人を越えているそうで、

いまも噴煙と火山灰と粉塵でアンティグア市街も大変な状態だそうです。

特に、エスクイントラ、アロテナンゴとサカテペケスが被害が大きいらしく、

ユーチューブで動画がすでに配信されていますが、すさまじい光景です。

 

アンティグア在住のエリザベス・アラウホさんや、

サンフランシスコ・エル・アルトの大長老さんとヘロニモさんご家族は大丈夫なのだろうか?と、

連絡をしてみたところ、つい先ほど返信がありました。

 

エリザベスさんからの返信

黄色い水晶の種の年 水晶の月6日 KIN117(2018年6月4日)

↓↓↓↓

 

アンティグアは大丈夫です。ただ、すごい火山灰です。

私は6月12日からカルフォルニアに行く予定です。

その準備をしながらなので大変ですが、すべてが良くなることを願います。

 

↑↑↑↑

 

ヘロニモさんからの返信

黄色い水晶の種の年 水晶の月6日 KIN117(2018年6月4日)

↓↓↓↓

 

私の兄弟秋山!! 私たちは大丈夫ですありがとう!

亡くなった人がいたことが悲しいです。

その人たちはフエゴ火山の近くに住んでいた人たちです。

私たちは大丈夫! ありがとう私の兄弟!

 

↑↑↑↑

 

大規模な噴火が起き、現在も噴煙が上がっているようですが

エリザベスさんや大長老さん、ヘロニモさんたちはご無事でした。

エリザベスさんは10月に日本へ来られる様ですし、

ヘロニモさんとは現在、11月か12月に再びグアテマラへ行く計画の話していて、

その打ち合わせを重ねているところでした。

 

いずれにしても、ハワイのキラウエア火山に続いて、

グアテマラのフエゴ火山もいまだかつてない規模の噴火を起こしました。

ここ最近は日本の火山も噴火を繰り返しています。

ますます1人ひとりがカレンダーを替える必要性を強く感じます。

 

取り急ぎ、グアテマラのリアルタイム状況報告でした。

 

 

 

 

 

 

 


土方美雄さんに来ていただいた4日間

秋山です。

黄色い水晶の種の年 スペクトルの月25日 KIN108 (2018年5月26日)から、

スペクトルの月27日 KIN110 (5月28日)まで、

メソアメリカ文化とマヤ考古学を総体的な視点から研究されてる

土方美雄さんに講演と特別勉強会をしていただきました。

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秋山はこれまで約14年間、メソアメリカのマヤ考古学を独自に学び続けて来ました。

それは自分自身が「マヤ」に関することを扱う活動をしているためです。

自分が専門分野としているのならば、マヤにかかわる現地の状況や考古学、

それに関係する情報に精通しておくことは当たり前と思っています。

2007年から毎年の様にマヤ遺跡ツアーを企画し、メソアメリカの地を訪れながら

古代マヤ文明の考古学を深めているのはそういった想いからです。

 

しかし、自分だけが独自に研究し続けているだけだと比較する対象もないままで、

もしかすると認識が偏ってしまっているかも知れません。

ですので、マヤ考古学を専門分野とされてる先生から

一度お話しを聞いてみることも必要だなと考えていたところ、

グアテマラ在住の日本人ベテランガイドの菊川さんからのご縁で、

土方先生を紹介いただきました。

 

また、今回の企画は、マヤ文明の遺跡、考古学に興味がない人にも

少しでも関心を持ってもらえれる機会になればとの想いもあり開催しました。

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今回の土方さんのお話は、マヤ考古学の総論&入門編と題して、

マヤ文明史に関する全体を俯瞰した形で教えていただくものでした。

もしも今回の内容を自力で調べようと思ったら、

マヤ考古学の書籍を10冊〜20冊ほど読みあさり、それらの内容を自分で整理し吟味して

1つひとつを時代ごと地域ごと遺構ごとに分類体系づけしないとならないでしょう。

それは10年以上マヤ考古学を自分で整理し、実際に地球の裏側を訪れした経験上

言えることですが、かなり難しいだろうと思います。

今回は、その全体像をたった3日間で知り整理できるという、

とんでもなくお得で夢の様な機会だったと思います。

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ですが、こんなこと書いても、マヤ考古学そのものに興味がない人たちからすれば、

わざわざ学ぶ必要性も見いだせないでしょうから、

「別に知ったからどうだって言うのよ」的な反応であることもよく分かっていました。

 

ただ、考古学を知ることは、実は宇宙情報を知ることにつながっています。

これからの時代は宇宙情報で盛り上がる時代です。

考古学とは、過去の古くさいカビの生えたお堅い学問などではなく、

いまを生きる大切なヒントがたくさん散りばめられてある気づきの学問と言えるでしょう。

秋山の場合は専門分野が「銀河のマヤ」の宇宙情報なので、基本的に

マヤ考古学とは全然関係がないように思われますが、実は

マヤの考古学を真摯に学ぶことは未来の情報を知ることに通じます。

なぜなら、過去と思い込んでいる時代のことを知ることが

私たちの集合的想念の進化に深く関与しているからです。

ですので、これから何かしら世界の考古学に触れる機会が皆さんに訪れるかも知れませんが、

そのときには、「未来に通ずる情報を学ぶチャンス」と捉えていただきたいと思います。

 

今回の土方先生の貴重な講演と勉強会で、秋山も頭のなかをアップグレード出来ました。

そして、2020年にマヤの大長老さんを日本へお呼びするときに、

土方先生も協力してくださると約束していただきました。

本当に実り多き3日間となりました。

 

ご協力くださった皆さん、本当にありがとうございました。

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特別勉強会後の懇親会でのひと幕

 

 

 

 

☆真実の情報シリーズその◆

マヤ文明が発展した地域は、南米でなく中米メソアメリカ地域です。

「南米マヤ」とか「南米のマヤ文明」という表現をよく目にしますが

どう考えてもメソアメリカは南米じゃありません。

南米はアンデス文明であり、アマゾン文明などもたまに取りだたされますが

インカ、シカン、ナスカなどが有名です。

正しくは「中米のマヤ文明」「メソアメリカ地域のマヤ文明」です。

古代マヤやマヤ文明を論じる以前の大前提から勘違いしてしまっている

書籍やサイトがあったら気をつけるようにしましょうね。

 

 

 

 

 


 


マヤの大長老さん信じられない回復

地球の裏側グアテマラから、キチェ・マヤの大長老さんの

回復されてる動画が送られて来ました!

 

なんと、大長老さんひ孫ちゃんと一緒に歩いてます!!

御年90。大腿骨を骨折されてから110日あまり、驚異的な回復力です。

 

日本でアレハンドロ大長老さんは、直接に会って話したこともない人たちから

誤解と勘違いされ悪く言われているみたいです。

しかしどんな人物かは言葉を交わして数日ご一緒すれば分かることです。

何とも気さくで冗談も言われますが、とんでもなく高い精神性と

誠実さをお持ちの人です。

秋山は、机の上で本や資料をいくら読んでも決して学ぶことの

できない、古代マヤの叡智を現在進行形で学ばせてもらっています。

 

「2020年に日本へ来てください」と伝えたことが、そんな大長老さんの

回復の目標になっているのであれば、これほどうれしいことはありません。

 

このブログに動画はアップ出来ないので、

Facebookの2020年プロジェクトのコミュニティに貼り付けしてあります。

どうぞそちらでご覧ください。

 

動画を送ってくれたのは次期キチェ・マヤ第14代最高神官候補の

孫のヘロニモさんです。

 

黄色い水晶の種の年 スペクトルの月18日 KIN101(2018年5月19日)

ヘロニモさんからのメール

 

↓↓↓↓

 

長老は大変回復しています。いい状況です!

 

私はあなたの情報を送るつもりです!!

送らなければなりません!!!!

 

↑↑↑↑

 

ヘロニモさんが何を送りますと言われているのか?というと、

現在、古代マヤ暦の大変な情報を大長老さんと協力して

調べてくださっているのです。

この件に関しては、いずれ大々的に発表しますので、どうぞお楽しみに!

 

それにしても、マヤの大長老さん凄い回復力です!

2020年来日も夢物語でなくなって来ました!!

 

 

 

 



 


ボリビアからの便り

秋山です。

ここ最近は、古代マヤの末裔キチェ・マヤ最高位シャーマンである

アレハンドロ大長老についてブログにアップしていないですが
その後もお孫さんのヘロニモさんやエリザベスさん
そしてグアテマラ在住の菊川明子さんとは
ずっと継続して連絡を取り合っています。
つい先日、菊川さんが大長老さんのお見舞に行かれたそうで
とてもお元気にご自宅を歩いてリハビリされている様子を
教えていただきました。
「ご高齢の人が大腿骨を骨折した場合、このように歩いて回復することは
かなり難しい」と、事務局根岸さんの友人で介護ヘルパーをされている人が
驚かれていたそうです。大長老さん凄まじいです!
またこのブログでもタイミングを見て2020年プロジェクト
関するお知らせを随時してゆきますのでお楽しみに。

 

先日、ボリビアに滞在中のエリザベス・アラウホさんから、

ウユニ塩湖の写真が送られて来ました。

とても素敵な写真だったので、皆さんにも見てもらいたいと思いました。

image2.JPG

 

image1.JPG

 

ウユニ塩湖は常にこうした美しい状態であるわけではなく、

場所と天候によって絶妙な条件が整わないと

地表の水面に空が映ることは無いそうです。

少し前に世界不思議発見で紹介されていましたね。

 

こんな美しい景色の状態のときにウユニを訪れたなんて、

やっぱりエリザベスさんは「持ってるお人」ですね。

 

赤い宇宙の月の年 自己存在の月(2018年10月)に、

エリザベスさんは再び来日されるみたいですよ。

秋山も山中湖のセレモニーが確定したら、参加してみようかな…?と考えています。

 

秋山も電気の月後半あたり(10月中旬)に、東京で銀河のマヤ特別講座2018

限定出張マヤ個人セッションを開催する予定にしています。

気になる方は事務局へお問合せくださいね。

 

ボリビアに関しては、アレハンドロ大長老さんも「秋山さん、あなたはボリビアに行くといい。

ボリビアにはマヤと同じものが多くあります」と教えてもらいました。

是非ボリビアを訪れ銀河のマヤにつながる痕跡を見てみたいと思います。

 

その前に、2020年プロジェクトへ向けて、

大長老さんのお見舞い金募集を呼びかけて、

再びグアテマラへ直接持っていかないといけません。

また近々グアテマラに行くことになりそうです。

今回は「チキンバスでの移動も全然へっちゃらっ!」っていう

命知らずな人たちを何人か引き連れて行ってみてもいいかも。

P1390525.JPG

2017年3月にグアテマラ古都アンティグアの

エリザベスさんのご自宅を訪問した際
日本の髪飾りのお土産をとても喜んでくださったエリザベスさん

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 


グアテマラ マヤ1人紀行2017その-2 一路フローレスへ

2017年3月13日(月) 青いスペクトルの嵐の年 太陽の月7日 KIN189
アンティグア:曇り〜グアテマラシティ:晴れ〜フローレス:晴れ(夜に到着)

 

 

タクシー運転手さんは、菊川さんの友人さん。

これからグアテマラシティー空港まで送っていただく。

本当はグアテマラバスで行ってもよかったのだけれど、

スーツケースがあるのでチキンバスは絶対危険ということで、

親切な菊川さんがタクシーを手配してくださったのだ。

P1400322.JPG

お世話になったホテルにお別れし、グアテマラシティーへ向かう。

 

運転手さんが車を運転しながら話してくれる。

「アンティグアで、乾季のこの季節に雨が降るのは、有り得ないですよ」

「アンティグアからグアテマラシティまでは、500kmあります」

「だいたい1時間か50分でいけるよ」「アンティグアからグアテマラシティに向かう道は、

最初の10kmは別々の道だけど、そのうち両車線が交わるんだよ」

いろいろ教えてくれる。

シーンとなってしまわない様に気をつかってくれているのだろう。

本当にグアテマラ人は優しい人が多い。

何とか話題を途切れさせまいと、こちらも話をするのだが、

通じてはいるけれどオチがない会話になり、最後はシーン…となってしまう。

「昨日、私と明子はイシムチェ遺跡にいきました。先住民たちがセレモニーをしていました。

先住民たちは5グループいました!」

運転手さん「セレモニー! わーお!」

シーン…

「グアテマラのバスは、とても危険ですね!怖かったです」

運転手さん「そうだよ。グアテマラのバスは速いしとても危険だよ」

「なぜあんなに速く走るのですか?」

運転手さん「お金を稼ぐためにたくさん走って客を乗せようとするからだよ」

「もし私の日本の友達にグアテマラのバスについて話しても、友達は理解できないと思います」

運転手さん「理解できない? わーお! ハハハ…」

シーン…

「グアテマラって車を新車で買うといくらくらいなんですか?」

運転手さん「グアテマラで新車を買うと、20000ドルくらいだよ」

 

100ドルが750ケツァルだから、200ドルが1500ケツァル。

150000ケツァル! 日本円で2250000円!

とても低所得層が手にできるものじゃない。

アンティグアでマヤ系先住民の若い女性が、自宅で作ってきたトルティーヤを

3枚1ケツァルで売り歩いているのを見ていたので、何ともやるせない気持ちになる。

1人がひと晩に食べるトルティーヤが3〜5枚だとすると、

5人家族が1日25枚食べるとしても18000日分のトルティーヤ。

物価がこれだけ安いグアテマラで日本の車会社、すごいことやってるな…。

 

P1400327.JPG

 

16:18グアテマラシティ空港に到着。何度も見慣れた空港。

運転手さんにお礼を言って料金を支払いお別れ。

スペイン語がもっと話せたらなぁ……

いつもの空港なので、空港に入るときに「パスポートを見せろ」

と言われることも承知してます。グアテマラ空港が伊丹空港のような感覚。

 

空港に入ったら、すぐさまスーツケースの重量を計る機械を

勝手にONして重さを計る。何度やっても重量オーバー。

荷物の中身を少なくしないと。手荷物を増やし

23kgを超えるかも知れないが、いちかばちかチェックインしてみるか!

そう思ったら、いつも遺跡ツアーの時に並ぶ

チェックインカウンターに、メキシコ行きの団体客が長蛇の列で並んだ。

こりゃチェックイン手続きするまでに、すごく時間がかかりそう。

時刻は、16:45。

少し座って待っていたが、もしかして念のため確認してみよう!と思い、

長蛇の列のチェックインカウンターの空港職員に、

「Avianca航空のチェックインカウンターはここですか?」と訊いてみる。

すると、「Avianca航空のチェックインカウンターはあっちだよ」と言われる。

見ると、そのカウンターにはまだ誰も並んでいない!

Avianca航空のチェックインカウンターに行き、予約表を見せると、

チェックイン手続きを始めてくれた。

スーツケースを乗せると、24.5kgと表示される。

聞きなれないスペイン語で何か尋ねられるが全く分からない。

きっと重量オーバーのことを指摘されているのだろうと、

手荷物から辞書を出しておそるおそる単語を調べてみると、

「引火物」と出てくるので、普通にチェックインカウンターの女性は、

「スーツケースに引火物は入っていませんか?」と聞いていただけだったことが判明。

もっと語彙数を増やさないと、どうでもいいところで冷や汗をかくはめになる。

重さはオッケーらしく、無事にチェックイン手続きは終了。

保安検査場に行くと、閉まっているので、あれ?と思い周りを見渡してみると、

マヤ遺跡ツアーで来た時とは入口の場所が変わっている!

テーブルに座り税関申告書を書き、保安検査に並ぶと、

空港職員にチケットを見られ「ここじゃないです。ここを出て左です」と言われる。

入場口も変わっていたのか…。危ない危ない。

保安検査を抜け通ったことがない通路を歩くと、

フローレス行きの Avianca航空7978便の搭乗ゲートに出た。

 

P1400330.JPG

 

何にもない…。椅子しかない…。売店も何もない…。

なんだこの殺風景な搭乗ゲートは!?

搭乗開始まであと1時間あるのに、座っているだけで何もできないとわ。

グアテマラシティからフローレスに行く搭乗ゲートって、

今までこんな何にもなかったかな? どうやら新しい搭乗ゲートが出来たようだ。

だから何もかも大きく変わってしまっていたのか。

電光掲示板にはGuatemala City行きは、Guaと表示されて、

Flores行きは、Frsと明記されることも初めて知る。

知らないことは勉強になるので楽しい。

 

時刻は、17:33。思いっきりヒマ。

空港無料Wi-Fiなんかあるかな?と思ってみたが、そんなものあるわけない。

ここはグアテマラ。本でも読むしかない。

 

P1400342.JPG

 

そう言えば、フローレス行きの飛行機はプロペラ機だった。

プロペラの轟音がうるさくて眠れやしないのが、フローレス行きの飛行機だった。

朝から何にも食べていないし、何にも飲んでいない。

銀行とお土産でアンティグアの街を歩きまくったから、体力をすごく使ってるが、

フローレスに着いたら何か食べれるだろうか?

 

ムンド・マヤ空港に着いたら、初対面の現地ガイドさんに

コンビニにでも寄ってもらう様にお願いしようかな。

18:19搭乗案内アナウンスが流れ搭乗が始まる。

搭乗ゲートを出たら、そこは何にもない。バスで移動。18:28バスが発進。

空港の端から端までバスで移動か。

18:35いつもの赤と白の飛行機に乗り込む。

キャビン・アテンダントが手荷物を棚に無理矢理に押し込んだら、

手荷物カバンの底がビリッと破けた。ヤバイ……

ただでさえ重い荷物なのに、底に破れが出来たら底が抜けてしまうかもしれない。

しばらく機内で待機時間。退屈な10分くらいが過ぎる。

19:11発のはずだが、なぜか18:58からエンジンがかかり動き出す。

えらく速く道路を走るなこの飛行機。車並みに速い速度で走っている。

19:06離陸。離陸するとき速っ!予定の時刻より5分早い。

グアテマラシティの夜景もキレイ。

 

19:20機内軽食が出るが食べる気せず。

機内で立教大学教授の実松さんの本を読む。

トトニカパンのシャーマンのことや、モモステナンゴのことについても、全部書いてある。

すごい人だなぁ実松さん。

 

そうこうしていると19:50着陸。フローレスのムンド・マヤ空港に到着。

予定より30分も早く着いた?

 

P1400336.JPG

 

この飛行機でフローレスに来た日本人は、どうやら1人だけの様だ。

20:07スーツケースを引き取り空港の外へ出る。

 

20:09ホセさん(通称ガトさん)が、「秋山広宣」のプラカードを持って待っていてくれる。

「初めまして」と挨拶をし握手する。この人と後半ずっと一緒に行動するわけか。

 

P1400344.JPG

初対面なのでまだ写真は背後からしか撮れない関係(笑)

 

実は、グアテマラ人ガイドのガトさんは、銀河のマヤツォルキンで見ると

菊川明子さんと神秘の対称パートナーキンの関係にあたる人。

今回のグアテマラ旅の前半は菊川さんにガイドしてもらい

後半は、菊川さんの神秘の対称パートナーキンのガトさんに案内して

もらうとは、何とも不思議なシンクロ。

しかもガトさんを紹介してくれたのは他ならぬ菊川さんで

しかし、ガトさんと菊川さんはほとんど会ったことがないそうだ。

面白〜い。銀河のマヤツォルキンを通しているからこそ

見えて来る不思議なご縁に、改めて感謝の気持ちが湧きまくり。


ガトさんの愛車4WDのピックアップトラックに乗り込み
サンタ・ヘレナという小さな町から、フローレス島に向かう。
途中、町の小さなTienda(コンビニではないがドリンクが買える店)に

寄ってもらって、炭酸水を買う。

20:22ホテル Isla de Floresに到着。

P1400350.JPG

 

荷物をおろしてくれたガトさんは、瞬く間に帰っていかれた。

もうこれ以上用もないし明日も朝早いから当たり前。

 

ホテルのチェックインがなかなかできない。

グアテマラ人の女性2人が、受付でずっとやり取りしてる。

10分以上、受付で待ちぼうけし、何とかチェックインを済ませる。
109号室。

なんかこのホテル以前にきたことある様な…?

部屋に入るが、簡素だけれどキレイで大きな部屋。

とりあえず、レストランが22:00まで営業ということなので、

明日の準備もしない内に、ホテル1階のレストランに向かう。

もう21:00。レストランAchioteに入る。

P1400361.JPG

 

レストランとバーが併設されてある。鶏肉料理を注文。

それにしても、フローレス島は、暑い!夜でこの温度か!

めちゃくちゃ暑いやん。出てきた料理は、とても美味しい!

P1400369.JPG

ごはんの上にソテーした鶏のむね肉、パクチー風味のトマトサルサがかかってる。

添えつけにミニトマト、なすび、ズッキーニ、マッシュルームのソテーがついている。

パンもついてる。

フローレス到着の夜を、しっかり堪能満喫し21:40部屋に戻る。

 

このホテルも部屋でWi-Fiができる。すごい時代になったなぁ……

明日は8:00に出発。早く明日の準備をして寝ないと。

日本へラインを送っていたら23:20になったので寝る。

 

明日から本格的なペテン県での旅が始まる!

それにしても、長い1日だった………

 

 

つづく

 

 

 

☆本当の情報シリーズその1☆

古代マヤ文明で使われていた

365日周期の太陽暦ハアブHAAB (またはアブAB)は

1ヶ月が20日で、1年が18ヶ月で360日となり、

残りの5日間をワイエブ(19ヶ月目)として365日を見ていました。

それに対して、1980年代後半にアメリカ人の

ホゼ・アグエイアス博士によって提唱された「13の月の暦」は、

1ヶ月が28日で、1年が13ヶ月で364日となり、

残り1日を「時間を外した日」として365日とする

ホゼ博士オリジナルの「銀河のマヤの宇宙情報」を

起源とするカレンダーです。
古代マヤ暦の太陽暦ハアブと、銀河のマヤの太陽暦「13の月の暦」とは

まったく異なるものですので混同してしまわないよう注意しましょう。

 

 

 

 

 


グアテマラ マヤ1人紀行2017その-1 アンティグア1人歩き

 


2017年3月13日(月) 青いスペクトルの嵐の年 太陽の月7日 KIN189

アンティグア:曇り

 

 

4:20過ぎに目が覚める。

菊川さんやエリザベスさんからメールが来ていたので返事をしたり、

日本とラインやり取りをしていると7:00になってしまう。

シャワーに入って、身仕度整えていたら9:30。

スーツケースを整理して出発の準備が整った。

銀行で並ぶ時間が読めないので、早めにホテルを出ることにする。

 

10:50ロビーに降りる。スペイン語でロビーにスーツケースと

荷物を預けたい旨を伝えつつ、ホテルをチェックアウト。

片言のスペイン語でも、グアテマラ人は親日家が多いため

何とか汲み取ろうとしてくれる。なのでコミュニケーションには支障なし。

チェックアウトを済ませ街へ。

P1400201.JPG

 

まずは銀行へ向かう。

グアテマラの銀行は、どの銀行も銃を持った迷彩服を着た警備員(軍隊?)が立ち、

建物は鍵付きの鉄格子で防犯されてあってものものしい警備態勢。

それだけお金を扱う場所は危険極まりないという国の状況が分かる。

「バンコ インデゥストリアルBanco Industrial」という

グアテマラで最も有名な銀行で両替。

すると窓口で「あなたは今月両替しましたか?」と尋ねられた。

「はい。3月3日に両替しました」と答えると、

「両替はひと月に500ドルまでです」と言われる。

なんと!これからペテン県へと後半の旅が待っているのに

お金が引き出せないという事態!?

一瞬、血の気が引いたが、「他の銀行なら両替出来ますか?」と尋ねると、

「他の銀行でなら大丈夫です。ここは無理」と言われる。

「Lo siento. No sabía. Muchas gracias.」と言って銀行をあとにする。

P1400205.JPG

 

次に、

「バンコ アグロメルカンティル Banco Agromercantil」に両替に行く。

すると、「120ドルしか両替出来ません」と言われる。

「私は以前に、この銀行で500ドルを両替しました」と訴えるが、

「警察と銀行の決まりで、この銀行では120ドルしか出来ません」と冷たくあしらわれる。

「ですが、この銀行以外なら両替できます」と教えてくれたので、

またしても他の銀行へ向かう。

てゆーか、これ以上、アンティグアの銀行を知らない。

 

仕方なくしばらくあてもなくあるいていると、

「インテル バンコ Inter Banco」という銀行があった。

ここなら両替できるかな?と思い、銃を持った警備員に

ニコニコ笑顔を見せながら入ってみる。

すると、「はい。500ドルまで両替できますよ」と言われる。

そうすると、さっきの銀行との合計で、620ケツァルも

両替できるということになる。

いい感じで後半のための両替ができることになった。

しかし、ドルはスーツケースに入れてきてしまっていたので、

財布に500ドルぴったりしか持ってきていなかった。

とりあえず300ドルだけ両替してもらう。

P1400208.JPG

 

さらにもう200ドルを両替すべく、いったんホテルに戻ることにする。

余分にドルを持ってくれば良かった……

この段階ですでに12:00。早めにホテルを出て良かった。

 

ホテルに戻る前に、薬局に行く。

片言のスペイン語で「私は虫除けの薬を欲しい」と伝えると、

ハンプティダンプティの様な巨体の店員が、「この薬は、小さいサイズで131ケツァルだけど、

倍の大きいサイズで157ケツァルだよ」と教えてくれたので、

迷わず大きいサイズを買う。

「私は今日からペテンに行くので強い部屋用のスプレー式の殺虫剤も買いたい」

と伝えると、部屋用と庭用の殺虫剤を出してくれた。

「これ本当に大丈夫?」と尋ねると、「ああ、問題ナシさ!」と明るく答えられた。

297.3ケツァル。グアテマラは薬は高い!

 

ホテルへ戻り、「すみません、私は荷物を持って行くのを忘れました」

と伝えると汲み取ってくれ、スーツケース保管部屋に通してもらえる。

荷物置き場でスーツケースを開けて200ドルを出し、

買った虫除けとスプレーをスーツケースにしまう。

汗だく……今日は、こんな汗をかく予定の日ではなかったはずだが……

P1400212.JPG

 

再び銀行へ向かう。がしかし、適当に歩いているうちに見つけた

銀行の位置が分からなくなってしまった。

道行くグアテマラ人に「インテル バンコはどこにありますか?」

と尋ねて、12:40なんとか再びInter Bancoにたどり着く。

「両替お願いします!」と言うと、「両替は1日1回です」と言われる。

また血の気が引いたが、「私は今日からペテンに行く。両替する必要がある」

と切実に訴えるが、「お〜でもシステムだから無理!」と、軽くあしらわれる。

「でも、他の銀行なら大丈夫ですよ」と言われたので、

「私はBanco Industrialもダメで、Banco Agromercantilもダメなんです」と言うと、

「それなら中央公園にバンコ アメリカーノがあるよ」と教えてくれる。

何て優しい銀行員。

中央公園に向かい、銀行らしき建物を見つけたので銃を持った警備員に、

「ここは銀行ですか?両替できますか?」と尋ねると、

「ここは両替できません」と言われにらまれたので、「では、他に銀行ありますか?」と聞くと、

「すぐそこにバンコ・アメリカーノという銀行があるよ」と教えてくれる。

しかし、中央公園周辺にそれらしき銀行が見当たらないので、道行く人をつかまえて

「バンコ・アメリカーノどこですか?」と尋ねると、「クアドラ ドス」と言われる。

2軒目をみると、「BAC Reformador」という銀行があったので、

またしても銃を持った警備員に「ここは両替できますか?」と尋ねると、

「ああ。マックス500ドルできます」と言われる。

ということは、アンティグアでは外国人は1日1000ドル両替できるということだ!

すごく待たされて、280ドルを両替してもらえる。

P1400204.JPG

 

結局、4軒の銀行をまわり、結果的に700ドルを両替することができた。

アンティグアの銀行事情にものすごく詳しくなってしまった。

しかし、この段階で13:30。

銀行で両替するだけで2時間半かかってしまうとは…。

 

民芸品店に向かう。バレンタインデーにチョコをくれた人たちに、

せめてアンティグア土産でも買って帰らないと!

次は、アンティグア随一のチョコレート屋。

スペイン語学習でお世話になっているCanoにも寄りたいが、

そんな時間的余裕は、もはやない。14:00チョコレート屋に到着。

100%カカオのチョコレートが25ケツァルで売っていたので、

とりあえず13個購入。

 

チョコレート屋のすぐ近くに、イグレシア・レコレクシオンがある。

今日は、ここを観光してからグアテマラシティへ行くと決めていたのだ。

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レコレクシオン教会とは、アンティグアの大地震で崩壊した建物が

そのまま観光地になっている貴重な教会。

順序はパーフェクトだったのに、銀行の両替に想定外の時間をとられた。

メルカドの端っこに出る。チキンバスのバスターミナルのすぐ横だったのか。

14:17イグレシア・レコレクシオン到着。40ケツァル。

P1400218.JPG

 

ぐちゃぐちゃじゃなんてものじゃない。

凄まじい地震による崩落。

アンティグアの街が壊滅的な被害を受け遷都を余儀なくされた理由が、

この巨大で頑丈な教会が全壊状態なのを見て理解できてしまった。

ものすごい地震がこの街を襲ったんだ。

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ひと通り見学して、そろそろホテルに帰ろうかと思ったら、

受付のおじさんが歩いてきて、「コンベント ムイ グランデ」と話しかけてきた。

正面だけじゃなく横にも入るところがあるのか!?

教えてもらえなかったら分からないまま帰るところだった。

P1400277.JPG

 

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すごく大きな教会だったんだ!

ひとしきり見て帰ろうとすると、また受付のおじさんが来て、

「ムイ グランデ!」と言ってくるので、

「この教会はとても巨大だったんですね」というと、おじさんは、

「そう。とても巨大で高さも高い教会だった。3つの大きな建物があったんだよ」

と教えてくれた。

きっと観光客も少ないし、もっといろいろと説明したいのだろうな。

 

14:40イグレシア・レコレクシオンをあとにする。

バスターミナルの横を通ってホテルに戻ろうとすると、すごい交通量。

この広い道路は、アンティグアの四方を囲む一番西側の端の道路。

本当に、ここは場末のアンティグアだ。

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時間ぴったり。14:51にホテルPosada la Lunaに戻ってくる。

なぜなら、グアテマラシティ行きのタクシーを

15:00に来てくれるように手配してあるからだ。

スーツケースと手荷物を引き取り、チョコレートを手荷物に収納し車を待つ。

アンティグアで最終日に行う予定のミッション、すべて終了。

 

15:12タクシー運転手さんがやってきた。

スーツケースと手荷物を車に積んでもらって、ホテルを出発。

アンティグアともいよいよお別れ。

 

 

つづく

 

 

 

☆本当の情報シリーズその1☆

古代マヤ文明で使われていた

365日周期の太陽暦ハアブHAAB (またはアブAB)は

1ヶ月が20日で、1年が18ヶ月で360日となり、

残りの5日間をワイエブ(19ヶ月目)として365日を見ていました。

それに対して、1980年代後半にアメリカ人の

ホゼ・アグエイアス博士によって提唱された「13の月の暦」は、

1ヶ月が28日で、1年が13ヶ月で364日となり、

残り1日を「時間を外した日」として365日とする

ホゼ博士オリジナルの「銀河のマヤの宇宙情報」を

起源とするカレンダーです。
古代マヤ暦の太陽暦ハアブと、銀河のマヤの太陽暦「13の月の暦」とは

まったく異なるものですので混同してしまわないよう注意しましょう。

 

 

 

 


 

 

 


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